残業をしてしまったので、職場近くで夕ご飯を食べて帰宅。しかし駅のホームで電車を待っていると、なかなか最寄り駅まで届く電車が来ない。
というのも、会社の最寄りから家の最寄りまでの経路は二股に分かれていて、二本に一本しか家の方向まで進まないのである。さらに、家の最寄りは快特が止まらないので、運が悪いと三本以上の電車をスルーしてようやく乗るべき電車がやってくることもある。
まさしく今日は運の悪い日であり、電光掲示板に表示される二つの電車は、どちらも家にまで僕を送り届けてはくれないようだ。「あの信号が青だったら」などとどうしようもない後悔を抱いてしまう。
が、このパターンでも一つの挽回手段がある。ごくごく稀ではあるが、ちょうど路線が二股に分かれる駅に、その駅始発で家の最寄り駅まで向かってくれる電車が止まっていることがあるのだ。つまり、家まで届かない電車に乗って途中下車をすれば、三本の電車をスルーするより格段に早く家まで帰り着くことができる場合がある。
その期待を抱いて、快特の電車に乗る。二駅先のホームで降りると、その向かいにはガラガラの電車が止まっている。
勝った……!と思う。運の悪さを、己の意思と行動で取り返したのだ。だだっ広い車両に乗り込んで、広い座席に腰を下ろすと、朝に購入したマンガ(チハヤリスタート)の続きを読む。
これがまあ面白いマンガなのだ。小さい頃から誰よりも足の速かった主人公チハヤが、中学ではじめて自分より足の速い同級生のミオと出会う。野生的で天才的、つまりは「最強」だったチハヤのプライドはズタズタに引き裂かれてしまうが、その悔しさを糧にして熱心に練習に取り組み、別々の高校に進んだ二人は、高校三年のインターハイで再び再会する——はずだった。大会はコロナで中止となってしまい、意気消沈したチハヤは引きこもり、気がつけば八年の時が経っていた。
と、ここまでが第一話。要するにマンガの導入部分であり、圧倒的な密度で「チハヤがリスタートする」過程を描く物語が始まっていくという、どう考えても激アツの漫画なのである。
引き込まれるようにしてページを繰っていくと、そろそろ最寄り駅に着いた時間だと思う。スマホから顔を上げて、現在の位置を確認すると……どこやここ?
そういえば、僕は会社の最寄り駅で、「快特」の電車に乗ったのだった。ということは、その電車は「僕の家の方へと進行しつつも、最寄り駅を通り過ぎてしまう」電車なのであった。つまり、乗り換えた電車は、二股に分かれて僕の家から遠ざかっていくのであって、決して家へと辿り着くことはない。
十分ほど前の判断が誤っていたことを、一瞬にして悔やむ。信号は赤でよかった。別に三本電車を待てばよかった。わずかな時間を節約しようとしたが故に、僕は途方もない遠回りをしてしまった。
時刻は二十二時をとうに過ぎている。残りわずかな今日という空白の時間を、行きつ戻りつする虚無の時間で潰してしまった。
しかし、これはまだ序章なのだ。残業帰りのリスタートを切る。


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