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2026年2月20日

ランチに近くの弁当屋で唐揚げ弁当を購入。白米か玄米か選べたので玄米を選択する。選択肢が与えられると、好き嫌いではなく珍しさで判断しがちな傾向に気が付く。
黒紫の米粒はプチっと弾けるような食感で楽しい。米の甘みはそのままに香ばしい味わいも感じられて、おかずなしでも美味しく食べられる。
白米ばかり食べていると、健康への意識とは別に、五穀米とか粟ご飯への憧れが出てくる。ドラえもんのお話で、のび太が粟を食べて「まずい」と言っているシーンを読んだ記憶が蘇ってくる。
粟と言えば、家族が駅ビルの和菓子屋で買ってきてくれる粟大福のイメージが先行していて——それは自然な甘みがとても美味しい和菓子で、普通の豆大福よりも好きだった——、のび太のリアクションがほとんど理解できなかった。今度粟でご飯を作ってよと母親に頼んだが、そんなに美味しいものではないよと一蹴された。だって貧乏の代名詞なんでしょ、みたいな反抗をしたかどうかは覚えていないが、今考えてみると、わざわざ粟を炊くほうが手間もお金もかかるのだろう。一人暮らしをしてからしばらく経つが、粟を買ってみようという気持ちになったことは一度もない。
夕飯に祖母からもらった赤飯を食べる。応用編のような主食ばかり食べる一日だった。
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