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2026年1月16日

仕事帰りにトイレットペーパーを購入する。最も切らしてはいけないものは石鹸でも米でも下着でもなくトイレットペーパーであるというのは一人暮らしを始めてから変わることのない持論である。
陳列棚の前で、なんとなしにいつも購入している緑色のエリエールを手に取る。500円以上もしたっけなと訝しみつつ、とはいえ価格調査なんてものをするはずもなく、そのままレジへと向かう。
階段を降りている最中に、「そういえばいつもダブルを買っているな」と思う。別に一枚のトイレットペーパーに不快を覚えたこともなく、ならばシングルでいいじゃないかと思う。その方が安上がりならそれに越したことはない。
再び棚の前に戻るが、もちろんほとんど同じ値段。そりゃあそうだ。ダブルもシングルも使っている紙の量はほぼ同じで、単にダブルは使用量が半分になるだけ。つまりは小さな贅沢を買っているわけだ。もちろんシングルを買った方が紙を二倍使えるから実質的には半額のようなものだが、目先のお得が見えていないとどうにも気分が上がらない。結局、いつも使っているエリエールのダブルを購入して家に帰る。
さて、これは贅沢なトイレットペーパーである。これまでは自覚をしていなかったが、シングルと比べて二倍贅沢なお尻拭きだ。その認識をしてしまった以上、家のトイレに行くことは優雅な営みとなるだろう。
僕はどうしてもその贅沢を享受したくなった。
一切の便意も催していないのに、家に帰るとすぐに便器に座りトイレットペーパーを何巻きか手に取る。いつもの紙が、これまでとは違った輝きを放っているような気がする。
つまりはこの厚さなんだな。
ふと梶井基次郎の『檸檬』の一節を思い返す。そして、全く汚れていないお尻を拭いてみた。
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