夜10時過ぎ。居候している元同僚が、唐突に「チョコを食べたい」と言う。家にあまり甘味は用意していないので、「買ってくるしかないね」と応答するが、どうやらそれは面倒臭いとのこと。
甘えるな、と思う。甘いものを食べるためには、甘さを捨てなければならない。
とまあ、ちょっと狙いすぎな感想を抱いたりもするが、すぐに欲しいものが手に入るなんてことはない。「コンビニに行くしかないね」「でも外は寒いし」そんなやりとりを繰り返しているうちに、次第にチョコへの欲望も薄れていった様子で、「というか、チョコ食べたくないかも」などと言う。
面倒臭さが自らの欲望に蓋をする瞬間を見た気がする。そんなんで良いのか、と思う。社会の荒波に揉まれ、「あれ? 本当に自分のしたいことって何なんだっけ?」と自問自答を繰り返すような、そんな幾分フィクションめいた大人の典型に近づいているのではないか。
とまあ、冗談混じりにそんなことを彼に言ってみたが、これは案外自分に向けられた言葉だなと思う。多分、人生の色々な箇所で、面倒臭さが自分の欲望を押さえ込んでいることを自覚しているのだ。そのせいで、逆説的な形で、本当にチョコを買いに行きたい彼をなじりたいと思ってしまうのだ。
結局、僕はビールを、彼はブラックサンダーを買いにコンビニまで行く。これで良いのだと思う。
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