ふとした思いつきで、散髪をすることに決める。思い切ってバッサリとやってしまおう。
学生時代の後半から比較的長めの髪をずっとキープしてきた。それにこれといった理由はないのだが、とりあえず長髪にしてみたいという欲望と、散髪がめんどくさいという怠惰さが合わさってズルズルと引きずっているうちに、これが僕のアイデンティティの一部を構成しているような気がしてきて、なかなか髪をバッサリと切る決意が決まらない。
前回の散髪では「髪をバッサリ切るぞ」と決意したくせに、美容師の女性に「でも本当に後悔しない?」聞かれたせいで、シャンプー台に座った後で翻意。そのことをちょっと後悔している。
今日は並外れた決心を決めている。わざわざ電車に乗って大きな街へとやってきた。昼ごはんに鯖の刺身を食らった。
でもどんな髪型にしたらいい? 憧れの長髪は多少あるけれど、憧れの短髪となるとなかなか思いつかない。あれこれ思案しているうちに、そういえば長岡亮介の短髪は爽やかだったな、と思い出す。
予約した美容室に入り、シャンプー台の前に座ると、「今日はどんな感じに?」と聞かれる。「ちょっとバッサリいこうと思って」と曖昧に返答しつつ、その間に用意しておいた長岡亮介の写真を開いてみるが、ここで唐突に小っ恥ずかしさが爆発する。
長岡亮介みたいに、なんて。僕にはあんな余裕も色気もないくせに、一体全体何を言っているんだ。ギターもてんで弾けないし、僕のゴールド免許はペーパードライバーの証。そのくせして、長岡亮介みたいに、なんて。
とはいえ用意してしまった写真をしまい込むのもダサいなあ、と思い、恥ずかしそうに「こんな感じになったらいいなあ、なんて」と呟く。急に小さくなった僕の声に、美容師さんは「え?」と不審な表情を浮かべる。
「まあなかなかこんなかっこよくはならないと思うんですけど」などと言い訳なんかをしてみて、余計に恥ずかしさが増してしまう。
すると美容師さんは「こんな感じですかね?」と手元のスマホ画面を見せて僕に尋ねる。
あれ? 長岡亮介の写真についてはノーコメント? 別に漫画のキャラクターを指定したわけではないのに、そんな無理なお願いだったってこと? 長岡亮介と僕との距離は、ルフィと僕との距離に近しいってこと?
「ああ、はい」と僕は小さく呟く。
そうして僕は散髪を終えた。
コメント