自転車に乗って、近くのちょっと大きな街に行く。
といっても、まずはレンタサイクルが停められている場所まで歩いて行かなければならない。東京でひとり暮らしを初めて一年近く経ったくせに、「まあ今度でいいか」と自転車を買うのを先送りしている。
借りた自転車は、やけにサドルが高く設定されていた。でも直すのも面倒だから「まあこれでいいか」とそのまままたがる。不健康に腰を曲げ、大体の方角だけ定めて知らない住宅街をうろうろと走る。
電動自転車はちょっと怖い。むかし信号待ちをしていたときに、ちょっと力んだ右足がペダルを前に押し出してしまい、数センチ車道に飛び出してしまったことがあった。自分が思っている以上の推進力をこの乗り物が持っていることを自覚しなければ、すぐにコントロールを失ってしまうだろう。
10分近く自転車に乗って、目的地に到着。いつもの返却場所に自転車を停める。鍵を閉め、サドルの下に設置された返却ボタンを押す。
この場所では返却できません。
無機質な声が響く。もう一度返却ボタンを押す。「この場所では返却できません」
そんな馬鹿な。絶対にここは自転車の返却場所だし、どう見ても満車になっているわけもない。
周りの視線がちょびっと痛い。自動販売機で電子決済をうまく使えず、後ろに並ぶ人から「早くしろよ」と言葉にならない圧をかけられているみたいな気分になる。社会の変化に置いてけぼりと烙印を押されている。
「でもまあそれでいいか」と思う。置いてけぼりでいいや。
ちょっと達観した気持ちというか、ゆるい諦念みたいなものを抱いている。でもよく考えると、自転車を返却せず「まあそのままでいいか」と済ませるわけにはいかない。無駄なお金が発生したら、損をするのは僕自身だ。
数十センチ自転車を動かして、ふたたび返却ボタンを押す。「ありがとうございました」みたいな言葉をかけられた。いや、ぜったい最初っから駐輪場所に自転車を停めていたもんね、とあかんベーでもしたくなる。
まあ、でも謝らなくていいよ。そんな間違いは多々としてある。
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