美容室で髪を切る。
じっと不動の態勢のまま髪がバサバサと切り落とされるのを感じていると、隣の席の会話が否応なしに耳に入ってくる。少しばかりしわがれた声の男性が、「そうそう。今日やけに早起きしちゃって」と「誰がそんな話興味あるねん」という話題を滔々と語り続けている。巧みに相槌を打つ女性が、その男性の「喋りたい」欲望をうまくコントロールしているような感じがする。
話題は「今朝タクシーに乗っていたら、その車がバイクと事故っちゃって仕事に遅れた」というエピソードに移り、このままだと男性はこの一日を漏れなく語り尽くすことになるだろうと予感する。この美容師はどんな顔をして男性の話を聞いているのだろうと関心を持つが、僕の座る位置からはその様子を目視することはできない。
まるでスナックみたいだな、と思う。美容師というのは過酷な商売である。ハサミを持って、お客さんの命と容姿を決定づける重荷を背負いながら、長々と繰り返される退屈な話にもうまく応答し、機嫌を損ねないように気を配らなければならない。それを見事にこなすこの美容師の実力は素晴らしいものだと思う。
そんなことを考えていると、僕のヘアカットも終了した。席を立って、シャンプー台の方へと向かう。
男性の話は延々と続いている。もう三十分くらい、時には同じ話を幾度も反復しつつ、ひたすらに細かく自分の一日を語り続けている男。退屈の波状攻撃を巧みにいなす美容師の女性。
一体、この二人はどんな人たちなのだろう。その関心を抑えきれずに、声のする方に不自然に視線を向けると、そこには髪を切る男性と、髪を切られる女性の姿があった。
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