6
2024年5月6日

niさんの日記

ゴールデンウイーク最終日ということで、俺は気合を入れて目を覚まして、学校へ向かった。なんと言っても3年ぶりの、本当のゴールデンウイークなのだ。会社員の頃は、心の底から休日のぬるま湯に浸ることなんてできなかった。 三年間働いた俺は、今年の一月に退職し、書き物の試験を受けて、大学院に進んだ。入学して一ヶ月ほどだが、新入生の友人がいくらか出来た。幸運なことだ。みんな、酒飲みの馬鹿ばかりだ。 本当のゴールデンな、金色の美しい週末にするために、賭けていた俺は、彼らを呼び寄せて、夕方の明るいうちから、野毛でビールでもかっこんで、タバコでも吸いながら、弱々しい5月の残光にあたっておだをあげようと思っていたのだった。

俺は辻井、エスという二人に連絡をとってみた。 辻井は伸びない髭を頑張って5センチくらい伸ばした、細身の、脚本科の男だ。実は5年くらいの仲である。小柄で細いのに、油そばやドカ食い系の家系ラーメンを好み、一緒に行くと涼しい顔で「特盛で」などと言って、箸を巧みに操ってかきこんでいる。 そのせいか、サラリーマン時代に腹だけが出て、まるで地獄の、両手をぬらぬら揺らして鬼の機嫌をとっている、「餓鬼」のようだと誰かが言った。たしかに、辻井は餓鬼だ。そして酒を飲むと、食ったものを全て吐き出す。

エスは、短髪の美術の女で、立ってタバコを吸うのが許せないと言って、会えば「喫茶店に行かない?」と言ってくる、いわゆる「プロのタバコ吸い」である。暇さえあれば、タバコを巻いている。 会うと、「ギネス飲みにいかない?」とも言ってくる。じゃあ、いわゆる「プロの酒飲み」かというと、そうではない。この人は酒を飲むと「男女について」という古代より人類が誰も答えの出せていない難題に自分から迷い込み、その話を声高に叫び、騒ぎ、わめき、そしていつも終電を逃し、校舎の地下のソファで文句を言いながら寝ているのだ。

さて、この二人で、ゴールデンウイーク最終日を迎えようとしたわけだが、エスはなぜか多摩川でデート、だと言ってきた。なんやねん。 俺は辻井と落ち合って、タバコを吸っておだをあげ、キャンパスから野毛へ足を伸ばそうと午後四時、玄関口へむかった。すると、そこへ編集の村岡(男)と阪本(ギャルっぽい)がやってきて、今日シークレット上映をやるから、来ない?という。 辻井は、ギャルが好きなせいか、俺に「野毛なんていくらでもいつでも飲めるやんか、映画観ようや、おまえ、何学科に入ってん」と口を尖らせた。俺は、俺の金色の週末計画に水をさされて腹が立ち、また酒を飲めなくなったせいで変な汗までかいたが、確かに俺は脱サラして映画学科にまで入ったのに、なぜこの期に及んで野毛飲みなどをやろうとしているのだろう、ジジイになっても、歯が抜けても、そんなことできるじゃないか。そうだ、辻井の言うとおりだ、映画を見るべきやないか、と思い直して、もっともらしい声で、そうだな、と言った。

上映作品が終わって見回すと、シアターにいた同期や先輩は、すこしそわついていた、ように俺には見えた。みんな、少し最終日の悲しみを感じていたのかもしれない。結局全員で中華にまっすぐ向かい、ビールを飲み始めた。 途中、俺は紹興酒をこれからアホみたいに飲もうやと言ってみた。3回推して、3回とも隣の席の小森さんという、年上の女性編集マンに、だめだよ、と優しくいなされた。だが、そのやりとりを聞いていなかった辻井が紹興酒を頼んだ。ボトルが来ると、小森さんも飲み始めていた。ギャルっぽい阪本も、怖がりながら、くいくい飲んでいた。辻井は爽快な笑顔だった。

そして、終電のみなとみらい線でエスがやって来た。デートしてたのにふざけんなよ、とすでに少し出来上がっていた。小森さんは呆れた顔で改札へ消えていった。 俺たちは、辻井、村岡、阪本、エスで、ローソンでオールドパーの瓶を買い、地下の編集室にしけ込んだ。 エスが、また、男女のけだるい話を始めて、騒ぎ始め、辻井は阪本と村岡と楽しそうに話していた。誰かが、音楽をかけ、騒ぎはじめ、村岡は横になりながら、寝ずにずっとにこにこと微笑んでいた。

そして、夜がふけた。 俺は地下の混沌から逃れて、階段を駆け上がり、気づけば一回のアパートのセットへ向かった。編集室の誰かが俺に叫んでいた気がするが、知らない。 俺は、死ぬる思いで、セットのアパートの和室に倒れ込んだ。要はひどく酔っていたわけだ。そこには、男のマネキンが眠っていた。俺たちが撮影で使う、男のマネキン。俺は、そいつから毛布を奪いとり、くるまって眠ってやった。

いつだろうか、暗闇の中で、30くらいの女のひとが、俺に、「阪本さんが来たんだから、毛布を譲ってあげなよ」と言うのが聞こえた。 俺は、そうだなと思い、隣にいた阪本に毛布を譲り、また眠った。

目を覚ますと隣には阪本でも、マネキンでもなく、口ひげの伸びた辻井が馬鹿ヅラで眠っていた。なんでお前がここで寝てんねん、俺は辻井の頭をぶった。ポコーン、という乾いた音が響いて、辻井は「おぉ、」と馬鹿な声をあげた。辻井の隣で寝ていた阪本も目を覚まして、朝9時まで馬鹿な話をして3人で笑っていた。そうして平日がやってきて、みんなちりぢりになった。

こんなふうに、俺のゴールデンウィークは終わった。 そんなものだろう、週末なんて。 俺が、男のマネキンには、女の人のスピリットが宿っていると話すと、みんな不思議な顔をして消えていく。まあ、これも、そういうものだろう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました