前夜にふと思い立って、ひとりでちょっとした小旅行に出かける。目的地は三崎港。三浦半島の先にある港で、どうやらマグロが有名らしい。
電車に乗って1時間あまり、最寄りの三崎口駅に到着。なんやかんやでもう昼過ぎだ。京急は「マグロきっぷ」なるものを売り出していて、電車と地域の飲食券がついて四千円くらい。どうやらわりにお得なきっぷらしく、行きの電車で隣に座った家族連れがそのメリットについて熱く語っていた。
バスに乗るため、列に並ぶ。ここで薄々気がついてきたのだが、ひとりでふらっとやってきた感じの人はどうも少ない。大体がカップルで、その次に家族づれ。僕としてはひとりでいることになんの負い目もないし、むしろ気ままで楽しいと思うのだが、とはいえ周囲の空気感に気圧されそうにもなる。「ひとりでいるのは恥ずかしいことだよ」そういう価値観が中学生くらいの頃に植え付けられて、それを退けるべく大学で色々と勉強をしたつもりだったが、こんな旅行先でそんな過去の感覚を思い出すなんて。
港手前のバス停で降りる。渋滞で立ち往生していたバスの運転手が「この渋滞は駐車場に入るための列ですから、一つ前のここで降りるのもありですよ。五分くらい歩けば港に着くし」と言った。そんな言葉を聞いたら、誰しもがゾロゾロと降りていくほかない。
車通りの多い道の狭い歩道を、数十名の人間が並んで歩く。皆が同じ方向に歩いていると、やはり混雑した印象を与える。列になる旅人。ちょっと嫌味ぽい言葉を考えたりして、この道を歩くのが嫌になってしまい、適当に横道にそれる。人の少ない、知らない道を歩くのは楽しい。
ぶらぶらと小道を歩いていると、気がつけば中心地に到着している。どこかで昼食をとりたかったが(というか一応はそれがメインのはずだ)、調べたお店はどこも並んでいる。たしかにひとりで長い時間待つのはしんどい。誰かと旅行に行くのは、待ち時間を耐えられるようになるためだ。
しばらく歩いて、海に面したお店に入る。刺身にするか天ぷらにするか。刺身の方が港に来た感じがあるが、天ぷらの方が家で食べるのが難しい。マグロきっぷ用のメニューもあって、これだけは絶対に頼むまいと思う。
結局天ぷら御膳に決めた。マグロの刺身も五切れほどついてきたので、かなり満足。瓶ビールも飲んでしまった。他のお店は別の機会に行けばいい。繰り返し同じ場所を訪れるべきだし、何度も同じ本を読むべきだ。そう自分に言い聞かせなければ、またスタンプラリー形式で経験を消費し続けてしまう。
ちょっと昼休憩を挟み、そのまま城ヶ島へと向かう。島の入り口には「島の娘」像があった。何かを抱きかかえるような格好をして、遠くを眺めやる娘の像。傍には同じ方向に視線を向ける鳥がいる。娘の左手には、像とは無関係の折り畳み傘がかけられている。
島の娘に見送られ、20分ほど歩くと島の奥に到着。素晴らしい眺めだった。白波が泡の弾けた色だとは思えない。水面の裏側で、誰かが絵筆を走らせているような気がする。眺めの良いベンチに腰掛けて、ここで本を読むと素晴らしいだろうなと思う。本を読みために旅をする。それも悪くない。だって本を読むために喫茶店に行くのだから。
帰り道。城ヶ島からそのままバスに乗って三崎口へと戻る。冷房で急激に冷めていく汗を感じながら、港近くで見たクラフトビールのお店に行き損ねたことに気がつく。また今度来ればいいやと思うが、火照りの落ち着いてきた身体は今すぐに冷えたビールを求めているらしい。沿線でクラフトビールのお店を探していると、金沢文庫に良い感じのお店を発見。薄闇が覆い始めた知らない街で、レバーパテをつまみながら冷えたビールを三杯ほど飲み、今度こそ本当の帰路に着く。
これは誰が見てもただしく休日であった。休日は休日をやるという強い決意のもと現れるらしい。
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