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2024年10月4日

【流木さんの日記】渚の便り

家に帰って郵便受けを覗くと、ハガキらしきものが一枚入っていた。取り出してみるとそれはポストカードで、夕暮れとも朝焼けともとれる薄ぼんやりしたオレンジの空と、小さく島影の浮かぶ水平線が印刷されていた。どこかで見た風景。差出人は『うみの図書館』で、手書きのメッセージが添えてあった。
ささやかな生活にはまるで不要なDMやチラシ、公的機関からの冷徹なハガキばかりが届く中で、たった一枚の暖かなポストカードを受け取ることがこんなに嬉しいものだとは思っていなかった。

自室に寝転んでポストカードを眺めていると頭の中の小さな部屋の扉がひとつ開いて、記憶がごく控えめな足取りで、街灯が少しづつ灯るようにぽつぽつと出てくる。その遅さはややもどかしくもあるけれど、記憶というのは存外急に溢れるものでもない。

ゆっくり思い出したことを書く。
讃岐津田の緩やかに湾曲した波打ち際、松林、薄暮、青いドア、海色のエプロン、古民家と図書館、黄色のケロリン、ピーナッツが二袋、うなぎの寝所のような細長い部屋、八日目の蝉、シュナの旅、レプリカたちの夜、イルカ、白い猫、ヴァイオリン。 順序はバラバラに、とにかく思い出したことから書き出すと何かしらの暗号のようだ。もっとも、時系列に沿ってこれらの単語を並び替えたとしても、やっぱり私以外の人にとっては意味を成さない単語の羅列であることに変わりはない。
でも、記憶を接着していくと不完全ながらも物語の脈が出来上がってしまうのだから不思議なものである。パーツの不揃いなプラモデルみたいだ。自分の記憶力はあまりアテにならないので、ひょっとするとこの記憶の物語は過去の事実とは異なる形をしているのかもしれない。例えば全く別の部屋にいたはずの記憶がこっそり紛れ込んで、知らない物語が頭の中で生み出されていたり。

メッセージによると、讃岐津田には看板やマップができ始めて少し寂しげだった町の様相も変わりつつあるらしい。どんな風になっているのだろう。  もう少し涼しくなったらまた四国を旅して、あの静かな海辺で本を読もう。

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