「ひーちゃん、大丈夫?」という、子供たちの声で目が覚めた。
「えっ」
慌ててスマホを確認すると、時刻は7時17分。
「ごめん!6時に起こすって言ってたのに!大丈夫?学校間に合う?!」
「大丈夫。45分に出たら間に合うから」
子供たち、というのは、縁あってシッター(子守り)アルバイトをさせてもらっている家族の、2人姉妹のことだ。シッターと言っても、下の子が小学1年生、上の子が小学4年生。2人ともしっかりしていて、たいていのことは自分でできる。
私の仕事は、帰宅した2人がお風呂に入るよう促し、夕食(お母さんが用意してくれている)をあたためていっしょに食べ、食べ終わったら遊び、21時過ぎになったら寝るよう促すこと。
この日は、泊まりがけで東京出張に行っているお母さんに代わって私がこの家に泊まり込み、姉妹を朝起こして小学校に送り出すことになっていた…はずが、気持ちよく眠りすぎてしまい、逆に私の方が2人に起こされてしまった、というわけだ。
小学4年生のつーちゃんが、寝ぼけ眼の私の傍らで、流れるようにてきぱきとトーストを焼いてくれる。この日は私も予定があり、8時には家を出ることになっていた。2人が起こしてくれて本当に助かった…感謝しながらトーストをかじっていると、
小学1年生のいっちゃんが、音読の宿題を始めた。
なんという典型的な「小学生の朝」だろうか。
おばさんとおばあさんとで例文の生活感が違いすぎないか…などと思いながらひととおり聞くと、懐かしの「音読カード」を差し出され、保護者のつもりで印をつける。
「大きな声ではきはきと(読めた)」などの各観点のチェック欄に丸をつけ、最後にはパンダを描いておいた。
無事に姉妹を見送った後、自分も予定に向けて家を出る。
就職活動中の私。この日は、先日内定をいただいた会社の、採用担当の方との内定後面談があった。バスと電車を乗り継ぎ、大阪のオフィスに向かう。
1時間ほどで、面談は和やかに終わった。
オフィスを出てからほどなく、友人からLINEが来た。
同じ大学の同期である彼も、同じ日に別の用事で京都から大阪に来ていたらしい。
しかも私がいた場所から徒歩5分という近さで、同じタイミングで用事を終えたとのこと。
なんという偶然。せっかくの機会なので、近くにあるイタリアンのお店で急遽ランチをすることになった。 突発的なイベントの発生に、つい心が踊ってしまう。
「同じ日の同じ時間に、各々の用事で偶然(普段住んでいるのとは違う)同じ場所に居合わせるなんて」→「こんなことが起こるのも、企業や施設や人間が集まる都市というものがあるおかげだよね」→「都市ってすごいなあ」みたいなおそろしく漠然とした話を日常の中で急に思いつき、熱く語ってしまうのは私の悪い癖である。
彼は突如として振られた話題の抽象度に戸惑いつつも、おもしろがって話に乗っかってくれた。なんともありがたい。
そんな調子でありとあらゆる方向に話題をビュンビュン飛躍させていると、満腹具合を尋ねられた。・・・そういえば。
私たちは、結構な量を注文していた。
2人とも、それぞれパスタランチ(パンが付いてくる)を注文し、それだけで十分食べごたえはある。
そこに、ピザも美味しそうだし食べたい、と言って大きな「週替わりのピザ」を1枚頼んでシェアしていた。
「食べ切れるかなぁ」「まあいけるっしょ」「食べきれなかったら俺食べるよ」・・・というようなやり取りもして。そんな心配をよそに、今まさにパスタを8割方平らげ、2切れ目のピザを頬張らんとしていた時点での私の胃の容量は、思った以上に余裕があった。
「まだ全然いける」
そう言う私は、たぶんドヤ顔をしていた。
私はよく食べる。
子供の頃こそ少食で食べるのも遅かったが、大学生になり一人暮らしを始め、「自ら能動的に動かないとご飯にありつけない」状況に直面したことで食への執着心が増し、自炊や友人との外食をきっかけに食への関心も高まり、サークルやバイト先の飲み会、飲食バイトのまかないなど、多種多様な会食場面を経験した結果、「なんでも好き嫌いせず、たくさん、しかも速く食べる」ことができるようになった。
小さい頃、家族で外食に行くときまって半量くらい食べたところで満腹になってしまい、「ごめん、もう食べられない…」と俯き、情けない、申し訳ない気持ちでいっぱいになったものだ。
それが今では、外食に行けば自分の分を完食するのはもちろん、一緒に食事する友人が少し満腹の素振りを見せようものならすかさず「食べきれないなら私が食べようか?(やはりドヤ顔)」と助け舟を出し、テーブル単位での完食に貢献できるまでになった。めざましい進歩だ。
そういうわけで、大学生になってからの私は食べることが好きだし、たくさん食べることのできる自分も好きだった。
↓ドヤ顔で報告
き、金魚…………???
初めて言われた。
私は金魚だったのか。
っていうか金魚ってそうなのか。昔飼ってたけど知らなかった…
その場で思わず「金魚 満腹中枢」とGoogle検索すると、確かにそれらしき内容がヒットする。うちの金魚がいくら餌をあげても食べ続けるので困っています、どうしたらいいですか。—質問者さんそれは彼らがお腹いっぱいにならないからですよ。餌を欲しがっていても甘やかさず、毎日決まった量をあげることが大切です。
そ、そっか……….。
それにしても彼はなぜ、こんなにもいい笑顔なのか。
あまりにも爽やかな笑顔で言われたので、私は怒りも悲しみも湧かず、ただまっさらな気持ちで「餌ちょうだい」と上目遣いでダンスを踊り続ける健気な金魚に思いを馳せてしまったではないか。
金魚が踊る脳内の片隅、私はふと、シッターバイト先で子供たちと過ごした昨晩の出来事を思い出した。
お母さんが作り置いてくれていた夕食はナポリタンスパゲティだった。
控えめによそい、皆でゆったりまったりと食べていたつもりが、子供たちと比べると随分早く食べ終わり、長女のつーちゃんに驚かれてしまった。
「・・・あのねひーちゃん、ちょっとひどいこと言うかもしれないんだけどね」
えっ………マジで?
私、カオナシぐらい速い?
物凄い勢いで食べ物を貪り食い散らかしているときの、あのカオナシぐらい…..?
「たくさん食べるのはよいが、食べ過ぎ・早食いには気をつけよう。
理性的に見える範囲内で食べよう」
2人の言葉が、「例のシーン」のカオナシにも、水槽の悲しき金魚でもなく、人間でいたい――そう願う私に、きわめて初歩的で肝心な教訓をもたらしてくれた。そんな2日間だった。
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p.s. この絵日記をつーちゃんに見せたところ、爆笑したのち、私のiPadを使って上のようなアンサーを返してくれてほっこりした。
ありがとうつーちゃん。面白かったから大丈夫だよ。
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